たぶちいわお

田渕 岩夫 (たぶちいわお) タレント・声帯模写

<メッセージ> 藤山寛美や鳳啓助などの声帯模写で一世を風靡、テレビや映画、舞台などでも活躍。KBS京都テレビ「ハッスルわいど」(田渕岩夫の得ダネ!てれび)の司会を17年以上にわたって務め、「京都の顔」として親しまれた。

<コメント> 近畿大学出身。1966 年桜井長一郎に入門し、1969 年にコマ・モダン寄席で初舞台。藤山寛美や鳳啓助などの声帯模写で一世を風靡、テレビや映画、舞台などでも活躍。1990 年からはKBS京都テレビ「ハッスルわいど」(田渕岩夫の得ダネ!てれび)の司会者に抜擢、2008 年3 月28 日の番組終了まで17 年以上にわたり「京都の昼の顔」として親しまれる。現在、テレビ、ラジオ、司会、講演など幅広く活躍。

<経歴> 近畿大学出身 1966年 桜井長一郎に入門し、1969年にコマ・モダン寄席で初舞台。藤山寛美や鳳啓助などの声帯模写で一世を風靡、テレビや映画、舞台などでも活躍。 1972年~NHK朝の連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」「てるてる家族」など多数ドラマ出演。 1990~2008年3月 KBS京都テレビ「ハッスルわいど」(田渕岩夫の得ダネ!てれび)の司会者に抜擢、番組終了まで17年以上にわたり「京都の顔」として親しまれた。

<主な活動> 現在、テレビ、ラジオ、司会、講演など幅広く活躍。

<ドラマ> NHK 連続テレビ小説「あおによし」「おはようさん」「心はいつもラムネ色」「てるてる家族」 暗闇仕留人 第1話「集まりて候」(朝日放送)/ 「必殺仕業人」(朝日放送) 桃太郎侍 第25話「母子の夢を斬った鬼」(日本テレビ))/ 「銭形平次」(フジテレビ) 「怪人二十面相と少年探偵団」(関西テレビ)/「ゆるしません!」(関西テレビ) 「先生お・み・ご・と!」(関西テレビ)

<テレビ> 「田渕岩夫の得ダネ!てれび」(KBS 京都テレビ) 「田渕岩夫の旅よろしおすなー」(KBS 京都テレビ) 「田渕岩夫のもうかりまっか?」(KBS 京都テレビ) 「桑原征平のおもしろ京都検定」(KBS 京都・関西テレビ☆京都チャンネル) 「11PM」(よみうりテレビ) 「生×カラTV」(サンテレビ)、 ほか

<ラジオ> 「田渕岩夫の6時です」(KBS 京都ラジオ) 「田渕岩夫の思い出ほっこり…」(KBS 京都ラジオ) 「田渕岩夫の健康一番」(KBS 京都ラジオ)

<声帯模写レパートリー> 麻生太郎、小沢一郎、石破茂、田中角栄、田中真紀子、長嶋茂雄、藤山寛美、鳳啓助、 芦屋雁之助、竹村健一、大橋巨泉、鶴田浩二、ほか

<主な著書> CD 「もう一度京都」「もう二度と京都」 (ユーカラ)

<講演テーマ>

心も身体も“イキイキ”と ~笑顔から始まるコミュニケーション~

ストレス社会の中で、心も身体も「イキイキ」とした生活を過ごしていくためにはどうすればいいのでしょうか?相手の立場で「考え」、想いを「伝える」やさしいコミュニケーション講座。コミュニケーションの改善は職場の人間関係、家庭、地域、子育てなど様々な分野で活かすことができます。まずは笑顔とあいさつから始めましょう!

笑って、笑ってストレス解消!“田渕流”笑いと健康

日常のコミュニケーションにおいても「笑い」は潤滑油であり、笑顔で挨拶を交わすことがコミュニケーションの入り口です。笑いをテーマとした文化には、川柳のような文芸や落語・漫才・喜劇などの演芸があります。今のように生活が豊かではなかった時代から、庶民を楽しませ、日々の生活の苦しみを癒す働きをしてきた演芸。そのような良質な笑いの文化を、ものまね漫談をまじえながら分かりやすくユーモアたっぷりに語ります。日常生活に「笑い」を取り入れ、生き生きと明るく生きるポジティブな考え方を広める“田渕流”健康講演です。

<参考URL> 和光プロダクション http://www.wakopro.co.jp/

<講演料> 応相談

ぜんじーぺきん

ゼンジー北京 (ぜんじーぺきん) タレント、コミック・マジシャン

<メッセージ> 「中国は広島生まれ!」チャイナ服と片言の日本語で進めるオリジナリティ溢れるマジックで大ブレイク。今までの見せるマジックから中国なまりのおしゃべりで、観客を煙に巻く新しいスタイルのコミック・マジックで一世風靡する。

<コメント> 「中国は広島生まれ!」チャイナ服と片言の日本語で進めるオリジナリティ溢れるマジックで大ブレイク。今までの見せるマジックから中国なまりのおしゃべりで、観客を煙に巻く新しいスタイルのコミック・マジックで一世風靡する。コミック手品の元祖であり、現在も、この独特の語りでのコミックマジックで、お客様を舞台に上げたり、たねあかしをしたり、全国各地の舞台で活躍中。

<経歴> <芸歴> 昭和33年 ゼンジー中村に師事 昭和38年 角座初舞台 昭和59年 念願の 中国北京にて公演。第13 回上方お笑い大賞 金賞受賞 昭和60 年 芸能生活25 周年リサイタル開催 平成 5 年 ひかりのくに(株)より「ゼンジー北京のマジック」~子供に見せる手品集~出版 平成16 年 大阪市市民表彰 文化功労部門を受賞

<主な活動> 1958年にゼンジー中村に師事。 「中国は広島生まれ!」チャイナ服と片言の日本語で進めるオリジナリティ溢れるマジックで 大ブレイク。今までの見せるマジックから中国なまりのおしゃべりで、観客を煙に巻く新しい スタイルのコミック・マジックで一世風靡する。 1984年に名前の由来でもある中国・北京で公演。公演の模様は、フジテレビ「花王名人劇場」 で放送される。 同年、上方お笑い大賞・金賞を受賞する。 1985年に大阪・サンケイホールにて芸能生活25周年を記念してリサイタルを開催。 この模様 も読売テレビで特別番組として放送される。1993年に本人の念願でもあった、子どもに見せる 手品集『ゼンジー北京のマジック~子供に見せる手品集~』をひかりのくにより出版。 イラストを友人の故赤塚不二男先生が協力。 現在も日本全国の色々なステージで活躍を続ける。

<主な出演番組> NHK「笑いがいちばん」「生活笑百科」「上方演芸ホール」 KTV「花王名人劇場」 NTV「笑点」「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」 NET「徹子の部屋」     「さんまのなんでもダービー」 CX 「ザッツ・エンゲイテイメント」 YTV「お笑いネットワーク」 TBS「そこがヘンだよ日本人」

<主な著書> 『ゼンジー北京のマジック~子供に見せる手品集~』(ひかりのくに(株)) *この著書を出版にあたり、イラストを友人の故赤塚不二男先生が協力

<講演テーマ>

『心の遊び』~マジックで心も身体も健康~

好きな手品を仕事として出来る喜びと、毎日5km のランニングが健康の秘訣。ゼンジー北京が楽しいマジック、誰でも出来る簡単マジック等を通して綴る手品人生と健康法を語ります。あなたもマジックを覚えて、楽しいマジックライフを!

『発想の転換』~基本の裏側にはヒントがある~

北京のマジックは、タネ明かしと笑いを取り入れるため、一から自分で考えオリジナルのマジックを作らなければなりません。マジックを創作する上で、物事を色々な角度から見ることによってヒントあり。その発想法を伝授!!あらゆる面で役立つゼンジー北京の発想の転換による発想法!

<参考URL> 和光プロダクション http://www.wakopro.co.jp/

<講演料> 応相談

はたのぼる

はたのぼる (はたのぼる) 笛吹き・パフォーマンス 尺八漫談

<メッセージ> 音楽は世界に通ずる

<コメント> 「世界でただ一人の野菜演奏」 大根、サツマイモ、人参を次々と笛に変えていく。野菜にとどまらず、ほうきやホースまで懐かしい音色で奏でる。芸歴の長さと熟練の技、トークが好評です。

<経歴> 昭和25年 上京        日本音楽学校(品川)入学 昭和26年 フラット・セブンを結成 昭和28年 Bフラット4・結成(ボーイズ) 昭和34年 激康次とモダンカンカンに加入。 昭和39年 モダンカンカンを退団。 昭和39年 はたのぼるとポニーズ      リーダーとして結成。 昭和41年 スリーボンボンと改名。 昭和43年 スリーボンボン解散。 昭和43年 尺八漫談として独立。

<主な活動> ■主な受賞 昭和52年 芸術祭参加(団体) 優秀賞授賞 昭和56年 イギリスはロンドンで、開催された        【一芸名人世界大会】に、日本代表として参加.                世界第2位 授賞!        尚、日本人で初めて、世界で200人しかいないと云う        バスカーズ(族芸人)の、審査を通過ライセンスを取得する. 平成9年  芸団協・専門芸能実演家の団体60団体より、 平成8年度 芸能功労貰 授賞 ■現在の活動 現在は講演・パフォーマンスを各地で開催。 海外での活動もしており、イギリス・フランス・ブラジルで公演もしている。 特にブラジルではテレビで取り上げられるほどの人気を博す。

<講演テーマ>

笛吹き・パフォーマンス・漫談 

野菜・水道・ホース・・・様々なものから柔らかい音色の笛を奏でる。笑いあり、音楽ありの時間を作り出す。

音楽は世界に通ずる

日本国内にとどまらず、海外でも活躍。音楽を通じて、各国を回って歩いた経験から学んだこと、感じたことを伝える。

<講演料> 応相談

ぴーたー・ふらんくる

ピーター・フランクル (ぴーたー・ふらんくる) 数学者 日本ジャグリング協会名誉理事 算数オリンピック専務理事 他

<メッセージ> ピーターの講演の目的は老若男女により楽しい人生のコツを教えることである。更に学校では数学や語学の上達の秘訣、また市民の集いでは国際化や様々の人権問題への対応を語る。楽しい大道芸も毎回披露します。

<コメント> 「人生を楽しくするコツ」等をより多くの人に伝えたいと、講演活動に力を入れている。現在は「毎日小学生新聞」に連載をする他、時間の許す限り講演に訪れる全国の路上で得意の大道芸を披露している。大学講義程度に話せる語学は11カ国。訪問した国の数も80を超える。

<経歴> 1953年 ハンガリー生まれ 1971年 国際数学オリンピック金メダル オトボス大学入学 1977年 博士号取得 1978年 サーカス芸人国家試験合格 1979年 フランスに亡命 1980~1988年 米国・英国・ドイツ・チェコ・インドなどに招待され共同研究・講演 1988年~ 日本在住 1992年~ 算数オリンピック設立以来、専務理事

<主な活動> NHK教育テレビ「マテマティカ」、NHK「人間講座」等、出演番組多数。 講演活動、路上での大道芸パフォーマンスを行っている。

<主な著書> 「世界青春放浪記」「僕が日本を選んだ理由」(集英社文庫) 「ピーター流らくらく学習塾」(岩波ジュニア新書) 「日本人のための英語術」(岩波新書) 「頭のよくなる本」(WAVE出版) 「美しくて面白い日本語」(宝島社) 他多数

<講演テーマ> *どの内容でも大道芸を披露しています。 *数学パズル・英単語ゲーム等を交えて会場の方々と楽しくコミュニケートします

人生を楽しくする方程式

父から教わった「人間の財産は頭と心」という言葉を胸に抱いて生きてきた半生を振り返り、今の日本に一番かけているものは生きる哲学だと感じている。「3つのゆ」夢・勇気・友人を大切にしてほしい。人生の主役はあくまで自分。忙しい日本人だが、時間をしっかり管理して、最もやりたいことのための時間を捻出し、時間を有効に使うべきだ。そうすればもっと楽しい人生が送れるはず。

世界80カ国の面白体験談

僕は今までに世界80ヶ国以上を訪れてきた。忙しくなった今でも、年に2、3回は海外に旅に出るようにしている。僕の旅はいつでもただの観光旅行ではなく、現地の人とふれあい、文化に親しむことを目的としていて、その体験を通して我が身を振り返っている。行く先々で色々な人と知り合い様々な出来事が起こったが、中でもとっておきの面白体験と旅を通して学んだことを皆さんに紹介したい。

ニッポンたてヨコ斜め

世界各国で暮らしてきた僕が日本に住み始めてから早15年以上が経つ。真面目で優しい人々が住むこの国がとても気に入ったので、今ではここを終のすみかと決めた。しかし当然、日本特有のおかしな点もある。外国人の僕だからこそわかる日本と日本人の良いところ、悪いところをみなさんにお伝えしよう。

これからどうなる日本

僕の意見では、改革してもしなくても経済成長はないだろう。しかしこれはそんなに憂うべきことではない。日本は戦後、焼け野原から大国の仲間入りを果たし、多く物を築いた。ヨーロッパを見ればわかるように、経済が停滞しても充実した市民社会が可能である。これからはハードよりソフトの時代。既存の施設を生かして、心や生活を豊かにすることに目を向けてほしい。

真の国際人を目指すために

国際化・国際人、この二つのかなる曖昧な言葉を耳にすることが非常に多い。しかし、これらの概念はどんな意味を持っているのか十分に議論されていないように感じている。英語を勉強して話せるようになったからといって、国際人になれるわけではない。真の国際人になるためには心の変化が必要で、まずは日本人同士でうまくコミュニケーションできるようにならなければならない。

21世紀に羽ばたくための学習法(学生向け)

21世紀は専門家の時代になるだろう。そこで活躍するためには、自分の可能性や才能を探求して目標を設定し、その目標に向かって短期・中期・長期の戦略をたて、関係ない時間を削っていって時間を有効活用することが重要だ。根性も大切だが、自分にあった学習法を探して効率を上げれば、勉強も楽しくなり、遊びの時間もできる。

21世紀は人権の世紀になるか(人権講演会)

19世紀後半からヨーロッパ中に広がった民族主義は、ほぼ一直線に第一次・第二次世界大戦に繋がって、ヨーロッパだけでも6千万人を越える犠牲者を出した。僕の父と母の両親全員とも、ただのユダヤ人であるという理由だけで殺された。世界中から民族主義が消えない限り地球の未来は暗い。どうすべきかを日本人にも考えてほしい。

ワタシは一体ナニジンなんだろう(人権講演会)

僕はハンガリーに生まれたが、単なるハンガリー人ではなくユダヤ人である。古くから続く差別の下で、かなりの恐怖感を覚えてきた。それに共産主義の不自由さもあって、26歳でついにフランスに亡命した。精神的にも経済的にも自由になって世界の様々な国に住んでみたが、自分の肌には日本が一番合うのではないかと、15年以上前から東京を拠点にしている。

わが子が幸せになるための助言

学校教育が変わり、社会が変わろうとしている今の時代こそ、子供の教育は最重要課題である。親はその責務を学校・塾・国に転嫁せず、自分で全うすべきだ。それぞれの家庭で我が家の教育方針を固め、それを通して子供の精神的な安定を確保し、勉強意欲を掻き立てるためのピーター流対策を教えよう。

英語でコミュニケーションができるためには

日本語では英語学習熱が高まっているが、世界一難しい言語を母国語として話す日本人に英語を学習する能力がないわけがない。なかなか進歩できなければ勉強法を変えるべきだ。コミュニケーションは試験ではないし、相手は敵ではない。リラックスして間違いや失敗を恐れずにすでに知っている簡単な英単語を活用しよう。ただ英単語や熟語や文法を丸暗記するよりも、頭の中で会話をするなどの頭を使ったやり方を推薦したい。

日本女性世界へ羽ばたけ

1986年男女雇用機会均等法が施行されたが、その背景には日本男性の考え方の変化ではなく、国連の圧力があったので、ほとんど形だけに過ぎなかった。僕が生まれたハンガリーは男女平等に非常に力を入れ、一流大学・医者・弁護士等で女性の割合は50%前後を占める。これは共産主義の数少ない良かった点の一つだ。日本女性は決して男性に劣っていないと確認しているので、男女の格差があることには疑問を感じている。

<参考URL> ピーター・フランクル[official web site]

<講演料> 応相談

あおぞらゆうほ

青空 遊歩 (あおぞらゆうほ) 司会 ・ 漫談家

<メッセージ> 面白い講演会をモットーに歴史散歩家と名乗っています。 会場に居ながらにして日本列島を西東。 日本各地を訪ね歩いた「面白写真集」をご覧戴きながら進行するスライドトークショーです。

<コメント> 歌手の司会で日本各地を巡ること30有余年。月の3分の2は旅の空です。地域活性をテーマに「あなたの町、再発見」。企業の皆様を対象に「商売繁盛! 企業のルーツを訪ねて」。今日まで見たこと聞いたこと『珍・日本紀行』と題してまとめてみました。

<経歴> 1975年 青空うれし師に師事。 以後、歌謡ショーの司会を中心に活動。 (渚ゆう子さん、柏原芳恵さん、尾形大作さん、島倉千代子さんたちの専属司 会をつとめる) 顔に似合わぬ、美声で語るナレーションに定評あり。 漫談のステージでは、BGMに語りをのせて、笑いを誘う独特のスタイルから 『お笑い・ 吟遊詩人』と呼ばれている。 また、歯切れのいい語りで、ラジオのパーソナリティー、希に テレビのレ ポーター、アニメの 吹き替えなどもしている。

<主な活動> 漫談のステージ、ラジオのパーソナリティー、テレビのレポーター、アニメの 吹き替えなどの 幅広い活動を行う。 また、講演ではタクシー評論家や歴史散歩家として個性溢れる講演も 好評を博 している。

○タクシー評論家   タクシー業界誌『ザ・タクシー』に平成元年よりエッセイを連載するようになり 「日本中のタクシーに乗っているヘンな芸人」としてハイタク業界、関連団体 から講師と 招かれている。
○歴史散歩家 「何か面白いものないかな」町おこしウォッチングから名所旧跡、古寺巡礼、御利益めぐり。 三十年に渡り、日本各地を訪ね歩いた『珍・日本紀行』をスライド上映する ようになる。

<講演テーマ>

珍・日本紀行「あなたの町、再発見」
対象/自治体、地域を愛する人たち 人は旅行に出れば「何でも見てやろう」と、好奇心旺盛に歩き回ります。 ところが自分が住んでいる御当地には全く無関心の『灯台下暗し』です。 そこで、あなたがお住まいのところには「こんなお宝がありますよ~」 ほとんどの市町村を訪ね歩いた私、青空遊歩が写真でご紹介し、御当地の素晴らしさを 再認識して戴きます。と申しましても、大学の先生ではなく、芸人です。 漫談おりまぜ、言わば『御当地・漫談』 で、お笑い戴きながらお話しします。 「御当地を再発見!」郷土愛を深めて戴けば幸いです。 *本番当日に先駆けて御当地を訪問し、徹底取材したネタを綴ります。 (遠方の場合は 前日入りして取材します)したがいまして、進行及び、構成内容は全て御当地の事情に よって異なります。
珍・日本紀行「商売繁盛! 企業のルーツを訪ねて」

対象/企業・商工会 歴史のスターといえる英雄、豪傑の物語に隠れている人たちがいます。 豪商と呼ばれた人たちです。そこには英雄豪傑の武勇談に負けない、商売繁盛の サクセス・ストーリーがありました。 その凄さは21世紀の現代を代表する企業のルーツであることです。 素晴らしき先人の知恵を最大級の敬意をこめて語り継ぎます。 *たとえるなら日経新聞『私の履歴書』の歴史人物版を4コマ漫画のタッチで綴ります。

危ない! 一触即発の車内交際 乗客はタクシーに無知

「がんばれタクシードライバー!」を主題に、乗客心理を様々なエピソードで紹介し、 タクシー・ドライバーに向けて熱いエールを贈ります。 また、日本各地の特色あるタクシー・サービスをご紹介して「理想のタクシー像」を ハイタク事業者様に向けて描きます。

<参考URL> 遊歩Web

<講演料> 応相談

あおしばふっく

青芝 フック (あおしばふっく) タレント

<コメント> ユーモアあふれる話術と楽しいおしゃべりで活躍の異色タレント。63年横山ノック・上岡龍太郎とによる<漫画トリオ>で、スターダムに乗る。トリオ解散後は青芝キックとの漫才コンビを経て、現在はタレントとして活躍中。テレビのゴルフ番組やKBS京都テレビの「競馬中継」で日曜日の司会者を17年間務め、すっかり競馬中継の「顔」になる。長い芸能生活と豊富な経験から説く講演は楽しく、ユーモアあふれる話術は好評。

<経歴> 1963年 横山ノック、上岡龍太郎と『漫画トリオ』でテレビ、舞台で大活躍。 1968年 ノック氏の参議院選出馬により『漫画トリオ』解散。トリオ解散後、青芝キックとの漫才コンビを経て、タレントとして活躍。

<主な活動> 高校卒業後、タレントを目ざし、横山エンタツ、白木みのるに師事。1958年OSミュージックでコメディアンとしてスタートする。 漫画トリオはまたたく間にスターダムにのしあがり、全国の人気者に。68年横山ノックが参議院選出馬のため、トリオ解消。 漫才活動の他、上方芸能、文化に評価を加えた独自の上方芸能論をもつ。68年<漫画トリオ>で第3回上方漫才大賞奨励賞。 その後、青芝フック・キックの漫才コンビを結成し、第10回上方漫才大賞奨励賞、80年第15回同賞をそれぞれ受賞。現在はタレントとしてテレビ、ステージで幅広く活躍。

<主な出演番組> テレビ 「生×カラ!TV」「金曜いきいきタイム」「日曜競馬中継」「企業対抗マッチゴルフ」、他 ラジオCM 「昆布の黄金屋」

<講演テーマ>

青芝フックの転んでは起きる お笑い人生

笑門来福。笑っていれば向こうから健康がやって来る。笑わせる側と笑う側の立場から、本当に心から笑うためには何が必要かを考える。漫才生活25 年、笑いを作ってきた経験から笑いを語る。

青芝フックの健康講演 ~健康は笑いから~

玄関、リビング、ダイニング、寝室、子供部屋、書斎、キッチンやトイレなど、目的に合わせてしあわせを呼び込むための風水のコツをご紹介します。(講演時間やご要望に合わせて、どのお部屋を取り上げるかを事前にご相談させていただきます。)

青芝フックのお笑い経営学

舞台でお客さんをどのように引きつけ、どう笑わせるか、ということに試行錯誤してきた中で、人と人との接点を日常の仕事や生活に応用する社会学。営業マンや成人講座に最適の内容と考えています。

青芝フックの楽しいゴルフ ~えゝおっさんが白い球を追いかけて~

ゴルフと共に40年、打っては喜び、打っては嘆き、歩きつづけてン万キロ、いまだゴールは見えません。ゴルフコンペの司会30年、ゴルフ番組の司会20年。楽しいゴルフ! 色んな人が、色んなことをやってます。それぞれ勝手な気持ちでやってます。ゴルフをする人も、しない人も、ゴルファーの心の中を笑ってやって下さい。フックのおもしろゴルフ談義。

青芝フックの競馬は人生の友 ~競馬人生泣き笑い~

KBS京都テレビの「競馬中継」日曜日の司会者を17年間務め、すっかり競馬中継の「顔」になる。17 年間、日曜日は毎週関西や名古屋、九州の競馬場で過ごし、番組は卒業しても競馬への情熱は変わらない。競馬をやり出して50 年、競馬は人生の友。競馬人生泣き笑い をユーモアたっぷりに語る。

<参考URL> 和光プロダクション http://www.wakopro.co.jp/

<講演料> 応相談