やすたけりゅうしん

安武 隆信 (やすたけ りゅうしん) こどもの寺 童楽寺住職

<メッセージ> 連日のように繰り返し報道される児童虐待、青少年が引き起こす凶悪犯罪。 なぜ、このような問題が起こってしまうのでしょうか? なぜ、このような世の中になってしまったのでしょうか? こんなことを悶々と考えさせられる日々が続きます。 童楽寺住職は、和歌山県知事から養育(専門)里親の認定を受け、さまざま事情を抱える子ども達と共に、 毎日寝食を共にしています。日常の活動を通じて、家庭での養育が困難な児童が増加し、家庭に代わる 人間関係の構築を図れるような「居場所」の必要性が、より強く求められている現状をみなさんと 再確認したいと考えています。

<コメント> 孤立社会・無縁社会といわれる現代社会に「つながり」を取り戻すことが、最大の社会課題と 考えています。古くもあり新しくも感じる「子どもは社会が育て社会で育つ」・「子どもは 町に育てられる」というキーワードを挙げ、それを社会問題として取り組んでいく必要性を共有しましょう。

<経歴> 平成10年 私立 高野山大学仏教学科卒業 平成18年 和歌山県知事から養育里親認定(平成23年から専門里親に認定) 平成19年 こどもの寺 童楽寺住職就任 平成22年 (財)全国青少年教化協議会から「正力松太郎賞(青年奨励賞)」受賞

<主な活動> ●婚活支援活動●養育(専門)里親活動 ●「プチ一休さん体験」活動●青年(少年)などの長期滞在型支援活動 ●「お寺de縁結び」(婚活支援活動)

<主な著書> 仏教関連書籍にて『現代版寺子屋での実践』と題し寄稿

<講演テーマ>

現代版寺子屋での実践

孤立社会・無縁社会といわれる現代社会に「つながり」を取り戻すべく、 健全な人間関係の構築を目的とし、元気な子どもの育成の実践体験をお話させていただきます。

<参考URL> 童学寺ホームページ

<講演料> 150,000円(応相談)

よねはしきよはる

米橋 清治 (よねはし きよはる) フリーライター 行政書士事務所職員

<メッセージ> 2歳のときに両親が離婚。6歳で岡山市内の児童養護施設に入所を余儀なくされ、 18歳の大学合格まで過ごす。大学卒業後、司法試験に手を染めていたときに 生活のためにアルバイトを始めた塾にそのまま就職。後に塾を自ら興すも閉鎖廃業。 そんな折、30年ぶりに実父と連絡が取れ、再会したのもつかの間、父は生れ故郷を遠く 離れた地で自ら命を絶った。自らの手で、「押し付けられた環境」を、時にはやんわり、 時には巧妙に、そして時には徹底的に拒否し、社会的に生きるか死ぬかの闘いを繰り広げ、 その中で自ら立つべきものを作り上げてきた、37年間の私の人生。 その総決算へむけて、私は今日も闘いを続けています。 私はその闘いの中で得たものを総括し、社会に還元すべく、今、立ち上がりました。私の人 生から得た、現代を生き抜くための知恵と勇気を、広く皆さんに伝えていきます!

<経歴> 1975年 備前市伊里幼稚園中退・児童養護施設に入所 1987年 大学入学資格検定(現高等学校卒業程度認定試験)合格 1988年 岡山大学法学部入学、1993年卒業       岡山市内の学習塾講師、経営者を経て、現在に至る。        主な専門は大学受験小論文、国語、英語。

<主な活動> 岡山大学鉄道研究会OB、鉄道研究者 高校中退通信(編集長・田中敦氏)元編集委員 2006年9月の出版を機に講演活動を開始 自分史製作サポーター

<主な著書> とむらいの汽車旅2万キロ(2006年9月・吉備人出版刊) <講演テーマ>

■もうひとつの家庭~児童養護施設の生活の日常生活とその課題

普通の「家」で育つことのできない子供たちが暮らすもうひとつの家庭・児童養護施設。 岡山市内のある施設で6歳から18歳の大学合格時まで生活した経験をもとに、施設の生活 とその問題点を語り、「個人とは何か」「家庭とは何か」を改めてみなさんとともに検証してい きたい。 私のいた施設は、確かに先進的なところで、当時の職員諸氏にはいろいろとお世話になり、 大いに感謝するところである。しかし現実には、子供たちを出汁にして虐待や偽善行為、さら には私腹肥やしに走る施設やその職員、その周辺に巣食う者もまた多い。そこで育った者たちが、 どう社会と向き合うようになっていったか、私に限らずさまざまな事例をもとに、 児童福祉の周辺から現代社会の問題点を語りたい。

■父の自殺を通して~鉄道趣味を通して自分自身を総括して

5歳のときにいなくなり、35歳になるまで会えなかった。再会したのもつかの間、父は千葉県の 木更津で自殺してしまった。事業を崩壊させ、一家離散を招いた父ではあるが、それでも私は 自らの信念を持って父を弔った。父を弔うことは、自分自身の人生を総括し、新たな出発の礎を 築くことであった。そんな時頼りになったのは、幼少時からの鉄道趣味であった。 その過程と心境を伝えたい。 私は鉄道趣味によって、人生を切り開いてきた。小学生で、大学の鉄道研究会からスカウトを受け、 それを元手に自らの趣味活動を充実させただけでなく、さまざまなものを得てきた。 鉄道趣味が私に与えてくれたものは、単なる慰めではなかった。生きる力などといった 生ぬるいものではなく、闘って自らの存在を勝ち取るための「最終兵器」と言ってもいいほどのもので あったし、今でもそうである。

■個人化の時代~組織ではなく、一人一人を見るべき時代の到来

近年、かつてなく組織や集団と称するものへの依存度が低くなってきた。大学などの弱小 サークルは相次いで消滅し、学習塾と家庭教師の垣根はほとんどなくなった。フリーターや ニートの増加もまた、この流れの中にある。しかし一方で、従来結びつき得なかった人間同 士の結びつく例も増えてきた。私はこの状況を「個人化」と定義している。「個人化」社会の成 立した背景と現状を分析し、この時代を生き抜く有効な手立てをともに模索していきたい。

<参考URL> ふみづくり職人 フリーランスライター・米橋清治

<講演料> 150,000円~ 要相談 (別途:交通費・宿泊費)

やざきゆみこ

矢崎 由美子 (やざき ゆみこ) 阪神大震災の語り部、骨髄バンクボランティア

<メッセージ> 骨髄バンクボランティアや阪神大震災の被災体験を通し“命の重みと人のやさしさ” “ボランティア” “子供達の可能性や高齢者の勇気”などをテーマに熱く人間味が あふれる関西弁で何処にでも居る一人の母親の立場で語ります。 いつも聴衆に大きな感動を感じて貰えます。

<経歴> 1972年~ 東京を拠点にラジオパーソナリティー・MC・TVタレントとして活動。 フジTV子供番組「みんな集まれキーパッパー」メイン司会 文化放送「ダイナミックサタデー」NET「独占女の60分」 「ガンバレロボコン」白雪劇場「雪国」フジTV「青い山脈」他 1980年~ 神戸を拠点にサンTV・ラジオ関西で活動。 1985年~ 結婚、出産 渡米 1992年~ 骨髄バンクボランティアとして紙芝居などを利用してシンポジウムなどで ボランティア活動を始める。 1995年~ 芦屋市にて阪神淡路大震災に被災し、その体験がモデルとなり(岸川悦子著) 童話「地球が動いた日」になる。後アニメ映画化され全国で上映。 2年後、当時小学生5年生と3年生の息子達が被災地支援の為、自転車で日本 一周を達成。翌年童話「走るんや」(岸川悦子著)。その後、震災体験や子どもたち の日本一周への経緯や命の重みを軸に様々なテーマで全国各地で講演活動を 行っております。 2000年~ 芦屋市で中 ・高齢者を対象にマンツーマンのパソコン教室を開設。

<主な活動> 1998年より 全国の社会福祉協議会や教育委員会 PTA連合 学校関連の福祉大会や 家庭教育講演・ボランティアフェスティバル・保護者会等年間10~15件

<主な著書> (モデルになった童話) 新日本出版 岸川悦子著「地球が動いた日」 新日本出版 岸川悦子著「走るんや!」

<講演テーマ>

■命って重い、そして子どもってすごい 骨髄移植と阪神大震災。 二つを結ぶ童話と子ども達の日本一周

童話「金色のくじら」(作・岸川悦子)を紙芝居と言う手段で、私が骨髄バンクボランティア 活動をするに至るまでの経緯と、今は亡き協力者の患者女性の思いやその活躍をお話します。 そしてその後に起こった阪神大震災の被災体験から私たち家族がモデルとなって生まれた 童話「地球が動いた日」「走るんや!」骨髄移植と阪神大震災を結ぶ事になった2冊の童話に 至る多くの辛い被災体験と震災から二年後の’97夏 当時10歳と8歳の二人の息子が自力で 考え行動を起こした、被災者救済の為の自転車日本一周という壮大な夢物語の実現まで。 体験の中から知った命の重さと人の優しさを母親の目線でお話します。

■「ボランティア」に、する人・受ける人の配役はありません

1992年友人の子ども(当時12歳)の白血病発病をきっかけに始めた、私なりの骨髄バンク ボランティア活動としての紙芝居。そしてそれを支えてくれた今は亡き患者女性との約束。 95年1月 あの阪神大震災での被災体験。この大きな二つの経験で、ボランティアをする側と 受ける側、両方を体験することになった私が、それぞれの立場で気づいた多くの事柄をお話 する事で、個々の持つ「ボランティア」と言う言葉の定義や考え方を振り返り、聞いて頂ける 多くの皆様の生きがいや明るい未来に繋げて頂く力になればと考えています。 話の中で沢山の被災者の姿もお話します。辛く重い話の中にも 明るく元気をもらえる様な 被災者の姿もあります。 世代や人種を超えた 人と人との思いやりや繋がりこそがボランティアの基本では・・・

■阪神大震災で子どもが教えてくれた沢山のこと ~子どもの可能性についていこう!

阪神大震災と言う未曾有の大災害の体験の中から、子どもたちが自分で考え行動できたこと。 そして子どもたちの純粋な姿から、大人が学んだ多くのこと。 二人の息子がモデルとなった童話「地球が動いた日」「走るんや!」(作・岸川悦子)。 この2冊の童話に至るまでの話を中心に 未曾有の災害から立ち上がり乗り越えて行く子ども の姿や成長を伝えます。阪神大震災で当時8歳と6歳の二人の息子たちが、多くの辛い 被災体験の中から自分たちで物事を考え、大人をも驚かせる程のパワーを発揮し、行動した 被災者救済の為の自転車での日本一周。被災からその成功までの道のりと親子での葛藤や、 地域や周りの協力など・・・避難所生活での数多くのエピソードや当時の人々の生活を話し ます。そしてその後も続く子どもたちの成長で親が、周りの大人がどう変わって行ったか、等

■阪神大震災から以後 私が見た思いやりの心と福祉の町づくり

高齢者や障害のある方、幼い子供や妊婦さんなど、色々なハンディを抱えた方々にとって 住み慣れたまちで、活き活きと暮らすことができる社会の実現に向けて、今、全国で「福祉 まちづくり」を考える動きが出ている様ですね。 阪神大震災で被災した私の当時の経験を振り返ると、被災者一人一人の立場や個々の 状況の違いの中であの頃考え出したあらゆる生活術。今思えばそれが自然の中で生まれた 思いやりの心と福祉を考えながらの街づくりになっていたと思います。 その後、私自身高齢の母の介護をする事になり、勉強したヘルパー2級講習を受けた 数ヶ月間で体験し感じた事や多くの失敗談など、気楽に聞いて頂く中で皆様方の福祉と 街づくりを身近なものに感じて頂く機会になればと思っております。

■実際に被災してわかったこと

阪神大震災で被災し避難所生活や仮設住宅ボランティアなどの経験から学んだ多くのこと。 この日本国内において、今後いつ誰の身の上にも起こりえるかも知れない。突然の地震災害 を乗り切る為に、被災者が知った数々の知恵と体験談をお話します。あなたの今後の備えに してください。何の前触れも無く襲って来たあの阪神大震災。 当たり前の日常が機能しなくなった町で私たち親子が取った行動とは・・・ 避難所内での多くの問題や解決方法。被災する前までは報道で知るだけの他人の災害。 被災地内と被災地外での物の見方の誤りや考え方の違い。 考えもつかなったった高齢者の知恵で救われた高度成長人間たち。 親が思う程子どもは馬鹿じゃ無かったこと。子どもたちがすごいってこと! 一主婦被災者の目線で震災を伝えます。

<参考URL> 阪神大震災を忘れないで!

<講演料> 応相談

shindo-yuji

進藤 勇治 (しんどう ゆうじ)

産業評論家、元通産省企画官、前東京大学特任教授

<メッセージ>

TPPや産業経済問題、エネルギー・環境問題について、最新の専門情報を提供しつつ、社会の動向と産業界の課題に関して、専門的になりすぎず、丁寧でわかりやすい解説を行い、好評を得ています。また、企業の顧問として経営指導を行う他、テレビの報道・ニュース番組で解説を行っています。

<コメント> ありふれた情報は役には立ちませんが、通常では得られない「目からうろこの」情報を多数提供します。また、技術に裏付けられた経済の話を、経済に裏付けられた技術の話を提供します。企業活動に極めて有益と喜んで頂いております。

<経歴>

1951年 愛媛県生まれ

1974年 東京大学工学部卒

1976年 東京大学工学系大学院 修士課程修了

1976年 通商産業省 工業技術院 入省

1984年 工学博士 (東京大学)

1986年 米国マサチューセッツ工科大学客員研究員 (国費派遣)

1995年 通商産業省 工業技術院 国際研究協力企画官

1996年 通商産業省 退官、会社顧問等

2008年 東京大学特任教授

2010年 進藤産業研究所 代表

 

<主な活動> 中央官庁、地方自治体、経済団体、業界団体、商工会議所、商工会、法人会、企業および協力会、労働組合、農業団体、青年会議所、各種女性団体、大学学園祭、市民講座、生涯学習、エネルギー・環境展、産業展、企業展示会などで講演を多数行う。

 

<主な著書>

「地球環境ビジネス読本」:オーム社

「新エネルギーシステム」:技法堂出版

「クリーンエネルギーのフロンティア」:クリーンエネルギー研究所

「地球温暖化を防ぐ」:日本放送出版協会

「Expanding World of Chemical Engineering」:英国G&B 科学出版社 (英文)

「環境年表」:オーム社 (編集幹事長)

他、多数。

 

<講演テーマ>

■TPPによる産業振興と中小企業 ■TPPの日本農業への影響と展望 ■電力自由化の新ビジネスと中小企業 ■エネルギー・環境問題と日本経済、企業の課題 ■環境経営と企業の課題 ■資源リサイクルと廃棄物処理、企業の課題 ■地球温暖化問題の動向と対策課題

 

<テレビ出演>

NHK 教育  『サイエンス』

NHK BS 『学生チャンネル』

TBSテレビ 『オールスター感謝祭』

テレビ東京 『たけしのニッポンのミカタ』

テレビ東京 『NEWS FINE』

フジテレビ 『ニュースな晩餐会』

フジテレビ 『めざましテレビ』

大和証券テレビ (CS) 『エコノミマルシェ』

他、多数

 

 

<講演料> 150,000円~

かわじょうしか

川条 しか (かわじょう しか) 前衆議院議員・PHP総合研究所特別研究員・(有)ひよこぴよ企画代表取締役

<メッセージ> 歌とトークで、政治について考えてみませんか。政治は遠いところにあるものではありません。 すこしの時間お付き合いいただき、政治を「面白い」と思っていただくお手伝いをさせてください。

<コメント> シンガーソングライター、会社社長、松下政経塾塾員、前衆議院議員、という異色の経歴。 歌で平和をと願った二十歳代。同時多発テロに触発され、政治の道へ。 同年代の女性の家庭と仕事の葛藤に共感したことから「家事・育児に経済評価を」という意識 に目覚める。国政の四年間は「すべてを国家国民のために」と音楽をやめ、議員活動に全力 をあげていた。2009年の政権交代選挙で落選、捲土重来を期し、大阪市阿倍野区東住吉区 平野区で政治活動。封印した音楽活動も再開。「アンペイドワークの経済評価」の普及活動に もつとめている。

<講師からのコメント> 歌とトークで、政治について考えてみませんか。政治は遠いところにあるものではありません。 でも、しがらみのないクリーンな政治にかえていくためには、長い道のりと、皆さんの意識改革 が必要です。すこしの時間お付き合いいただき、政治を「面白い」と思っていただくお手伝いを させてください。少子化対策、難病・臓器移植・医療などの厚生労働関連、新経済成長戦略、 食育、動物愛護、美術評論と社会現象、などの話題と音楽にお付き合いください。

<経歴> 1988年 大阪府立北野高等学校卒業 1995年 サンミュージック・スプラッシュドリームオーディション歌手部門優秀賞受賞 1996年 東京大学教養学部教養学科第一人間行動学分科卒業 2003年 財団法人松下政経塾入塾 2004年 財団法人松下政経塾早期終了 2004年 参議院選挙出馬 2005年 有限会社ひよこぴよ企画設立 2005年 政党職員後、第44回衆議院議員総選挙で大阪二区より当選 2006年 財団法人松下政経塾卒塾 以後塾員 2007年 PHP総合研究所特別研究員 2009年 第45回衆議院議員総選挙で苦杯を喫し現在政治活動中

<主な活動> シンガーソングライター、会社社長、松下政経塾塾員、前衆議院議員

2009年の政権交代選挙で落選、捲土重来を期し、大阪市阿倍野区東住吉区平野区で 政治活動。封印した音楽活動も再開。「アンペイドワークの経済評価」の普及活動にも つとめている。

<主な著書> 論文「子育てに経済価値を認めよう」(PHP voice 2009/01/10)

<講演テーマ>

■アンペイド・ワークって知っていますか。

少子高齢化時代の女性のために必要な政策と、取り組みを解説する。アンペイド・ワークと 呼ばれる家事・育児・介護などに、経済価値を認識することが、晩婚化・未婚化解消への第 一歩になることを話します。

■うちのふくちゃん

ペットとともに生きることを通じて、動物愛護も考えてみませんか。 ご希望があれば、「うちのふくちゃん」もカラオケ持参で歌わせていただきます。

■資源のない国、日本の国家戦略

観光立国構想、新経済成長戦略などの資源を持たない国日本の未来戦略について語り ます。

■うち、届かん声を届けたいんや・・・

議員生活の四年間で取り組んだ、難病対策、原爆症認定、臓器移植改悪反対などの厚生 労働政策について語ります。医療制度改革の問題点、当時与党だった自民党内での認識と 取り組みについても語ります。

<参考URL> 川条しか公式サイト

<講演料> 500,000円(応相談)